浅草キッド・水道橋博士とは?経歴は?番組降板の真相は?

【浅草キッド・水道橋博士とは?】
水道橋博士とは、ビートたけし率いる、たけし軍団の一員です。彼は、1987年に結成された漫才コンビ浅草キッドに所属していて、相方は玉袋筋太郎です。
彼は、ビートたけしさん、高田文夫さんに影響を受け、芸人の世界に入りました。

 

今や芸人だけでなく、本を出したり、コメンテーターとしても活躍している水道橋博士の芸歴や、人生を変えたビートたけしさんとの出会い、そして、記憶に新しい、2013年6月レギュラー出演していた「たかじんNOマネー?人生は金時なり?」の本番中に、元大阪市市長の橋下市長と揉めて番組降板をした真相とその後についてまとめました。

 

 

【水道橋博士の来歴とビートたけしの出会い】
水道橋博士は岡山県の紙問屋の次男として生まれ、お金に困ったことはなく、成績も良い優等生だったそうです。そして岡山大学教育学部附属中学校に進学しましたが、周りは優等生ばかりで、思春期真っ只中だった彼は勉強をする気が起きず一気に落ちこぼれました。

 

そして高校進学をしましたが、周りと口を利くことなく青春時代を過ごし、高校3年生のときに始まったラジオ番組『ビートたけしのオールナイトニッポン』を聞き、ビートたけしさんに心酔したそうです。そこで、ビートたけしさんに近づくためには、ビートたけしさんと同じ大学に進学しないといけない!と思った彼は、必死で勉強をして、明治大学に入学しました。

 

しかし、大学でも友人はできず、馴染むこともできず、勉強もせぬまま大学4年間を過ごしました。中学時代から人間関係構築が苦手だった彼は、話しかけることもできないまま、1986年にビートたけしの追っかけを7か月続けました。

 

追っかけの内容は、『オールナイトニッポン』の放送場所に通いつめ、企画書などを渡し続けることでした。ほぼ同時期に後に相方となる玉袋筋太郎もビートたけしさんの追っかけをしており、ビートたけしさんから可愛がられ、食事に連れて行ってもらっている彼を水道橋博士は妬んでいたそうです。

 

その後、ビートたけしさんから連絡があり、他の追っかけ10人と共にビートたけしさんに弟子入りすることを認められました。そして、修行を積み、浅草キッドを結成しました。

 

 

【水道橋博士が起こした事件「居酒屋暴行事件」とは?示談金600万円をビートたけしに借金!?】
2016年9月26日、『しくじり先生 俺みたいになるな!!』の放送で明かされた、水道橋博士とビートたけし師匠のエピソードです。

 

水道橋博士が起こした「居酒屋での暴行事件」とは、1986年頃、浅草キッド主催のお笑いライブの打ち上げ時に、同期の芸人が一般のお客さんとトラブルになってしまい、水道橋博士が仲裁に入ろうとしたのですが、若く、血気盛んな時期だったこともあり、自分が揉めていたお客さんに暴行をしてしまい大騒動に…という内容でした。

 

ちょうど、ビートたけしがフライデー襲撃事件を起こした時期と重なり、ビートたけしを始め、たけし軍団が謹慎をしていた最中の事件であったため、新たな問題を起こすわけにはいかないということで、彼は事務所スタッフと謝罪にいったそうです。

 

交渉の結果示談金として600万円を要求されましたが、当時まだ売れていない彼にはとても払える金額ではなく、師匠であるビートたけしに借金をして示談金を支払い、借金の600万円を何十年もかけてコツコツ返済し、完済したときにはビートたけしに「今までお金を沢山貸してきたが、全額返済をしたのはお前だけだ」と言われたそうです。

 

そのエピソードを話している最中に涙と嗚咽が止まらなくなり、話せなくなったことも話題を呼びました。
師匠と弟子の厚い信頼関係がないと600万円ものお金を渡せないですし、返すこともできないですよね。

 

【水道橋博士VS橋本市長!たかじんNOマネー生放送中の降板宣言とは!?】
2013年6月15日『たかじんNOマネー』の生放送中に水道橋博士が、橋下徹元大阪市長の発言を受け、生放送中に退席、そのまま降板したことが話題になりました。

 

事の発端は、橋下元市長が、当時話題になっていた「従軍慰安婦問題」についてコメンテーターと徹底討論する内容だった。

 

その際に、水道橋博士のことを「小金稼ぎのためのコメンテーター」と表現し、その発言に激怒した水道橋博士は本番途中にも関わらず、「橋下さんが小金稼ぎと言ったので、今日で番組を降ろさせていただきます。(小金稼ぎとは)違います。3年間ありがとうございました」という言葉だけ残し、退席しました。

 

その後、彼はインターネットを中心に「本番中に逃げた」と大バッシングを受けますが、過去に橋下元市長が自身の発言の責任をとって別番組(TBS系列「サンデー・ジャポン」)を降板した際の行動をパロディーにした。と皮肉を込めた発言をtwitter上にて行いました。

 

それを受け、橋本元市長は、小金稼ぎと発言したことに対してお詫びをした後に、「でも、自分(橋本元市長)と水道橋博士は同じ降板でも状況が違う」と皮肉を込めて返信をしました。この後、皮肉を込めたやり合いはtwitter上で17回を超えて続きました。2人のやりとりは大きな波紋を呼び、話題となりました。結局和解はせぬまま話は終わっています。

 

 

【いかがでしたか?】
今回は芸人として、コメンテーターとしてメディアによく出ている水道橋博士についてでした。自分の絶対に譲れない考えがあるからこそ、周りとぶつかることが多いのでしょう。最近、日本ではそういう考えの人がどんどん減ってきているので、貴重な存在ではないでしょうか。今後の活躍も要チェックです。