ナインティナイン・岡村隆史とは?コンビ仲は?病気療養の真相は?

【ナインティナイン・岡村隆史とは?】
人気お笑いコンビ「ナインティナイン」の岡村隆史さん。身長156pと小柄な身体から繰り出されるハイテンションなキャラクターが特徴です。

 

誰もが知っている、ナインティナインの人気番組『めちゃ2イケてるッ!』で多々見せるお笑い企画や、身体を張った企画に真面目に取り組む姿勢が何年経っても世間から支持され続ける理由ではないでしょうか。お笑い以外にも身体能力が非常に高く、ダンスを得意としているため、2007年〜2015年にかけてEXILEと「オカザイル」というユニットを作ってEXILEのライブでパフォーマンスをしたことも話題を呼びました。

 

このように、多方面で活躍している岡村さんですが、2010年には病気療養を行ったりと、活躍の裏に様々な苦労がありました。そんな彼を支えたのは相方の矢部浩之さん、そして親友の存在だったそうです。

 

いつでも岡村さんを支えてきた相方と親友との深い絆について、そして病気療養の真相についてご紹介します。

 

 

【岡村隆史と相方矢部浩之との出会いは?地元が一緒なの?コンビ結成のきっかけは?】
2人は大阪府立茨木西高校サッカー部の先輩後輩という間柄でした。初めての対面は、当時高校1年だった岡村さんが、相方矢部さんの兄(当時高校2年)とサッカー部の先輩後輩の関係で、自宅へ遊びに行った際に弟である矢部さんと出会ったことでした。

 

その1年後弟矢部さんも茨木西高校に入学し、2人は先輩後輩という間柄になりました。つまり、地元からずっと一緒にいるということです。

 

お笑い芸人というと、地元が一緒で高校時代から将来はお笑い芸人になる!と約束をしていて…というエピソードがよくありますが、ナインティナインはそうではありません。
1学年上の岡村さんがサッカー部を引退する際、後輩から送られた寄せ書きがあったそうです。その時の矢部さんのコメントが、「岡村さん、大学落ちたら僕とお笑いコンビを組みましょう」と書いてあったそうです。しかし彼は無事大学合格をして立命館大学夜間部に入学をしました。

 

入学から1年後、彼の人生は大きく変わりました。大学受験に失敗した矢部さんが、当時時吉本興業にお笑い芸人として所属していた兄の薦めから、岡村を誘ってNSCに9期生として入所しました。(ちなみに同期はほっしゃん。宮川大輔さん)

 

入所した後は授業料未納で退所になったり、大学卒業をしてほしい岡村さんの父を裏切り芸人の道に進むなど、様々な問題がありました。しかし、ここでも運命的な出会いがあり、当時吉本興業が運営していた「心斎橋筋2丁目劇場」の支配人から声をかけてもらうことができ、吉本興業所属の芸人として劇場に出演するようになりました。それがちょうど1990年、コンビ結成の時期です。今や、知り合って約30年、コンビ結成から25年が経過しました。

 

 

【岡村隆史さんはホントに相方・矢部さんと仲が良いのか?交友関係は?】
岡村さんの長期病気療養の際にナインティナインのコンビ不仲説が浮上しました。でも、実際はとても仲が良く、仲が良いだけでなく、お互いを尊敬し合っているそうです。仲がよいだけじゃない、ビジネスパートナーとしての絆があるから25年も芸人として生活しているのでしょうね。

 

2人のコンビ愛を感じるエピソードを紹介します。2010年、5か月間の病気療養を経て、復帰後約8か月後に放送された『FNS27時間テレビ』でのエピソードです。2011年の総合司会は、ナインティナインとSMAP中居さんでした。

 

この日、矢部さんは総合司会と並行して「27時間100kmマラソン」のメインランナーに抜擢されたため司会はほぼ岡村さんと中居さんで行いました。彼の病気が心の病(この後詳細を説明します)だったこともあり復帰後すぐの生放送、しかも27時間テレビで長時間にもわたる放送に耐えられるのか?矢部さんがいない状態で大丈夫なのか?と心配する声も挙がっていました。

 

スタジオでは、マラソン本番1週間前に矢部さんがスタッフとの飲みの席で、マラソンを走ることが決まったときの心境がVTRで放送されました。内容はこちらです。

 

“嫌でしたね。えーーと、絶対にスタジオにいたほうが面白いし、楽しいし、あと、、まあ……、5ヶ月近く休んだ相方がスタジオで大丈夫かっていうのも、もちろんあったり。(岡村さんには)言わないですけど。”(出典:http://blogos.com/article/2888/

 

マラソンの練習で膝を痛め、不安が募っている時期も相方の心配をしていました。そしてこう続きます。

 

“当時は、、、えっと……、僕はもう覚悟はしましたね、もう(岡村が)一生戻ってこれない覚悟も僕の中でしてたんですけど。
なんで覚悟したかっていうとやっぱり……、そもそも僕が誘ったのでこの(お笑いの)世界に。
そこなんですよねぇ……。
で、「僕のせいや」って言うのは、責任はやっぱり背負ってしまいましたよね、当時は。
誘ってなければ、あの人は……分かんないですけど、、、こんなツラい思いはしてないやろなぁとは思いましたよね。“(出典:http://blogos.com/article/2888/

 

聞いたことのない矢部さんの本音をきいて涙をこらえている岡村さん。何かを言おうとしますが、何も話さず軽く一礼した後、彼はカメラに背を向けました。側にはナインティナインと共に歩んできためちゃイケメンバーが揃っていました。背を向けた岡村さんの背中をよゐこ濱口さんが軽くたたきました。続いて、「笑顔だよ」と加藤浩次さんが声をかけました。

 

「すいません!」と言った岡村さんの目からは大粒の涙が流れていました。その頃になると矢部さんはスタジオのすぐ近くまで来ていました。めちゃイケメンバーに背中を押された岡村さんは矢部さんを迎えにいき、ナインティナイン2人揃ってのゴール。まるでドラマのワンシーンみたいな、でも決して作り話ではない生放送での感動的なワンシーンでした。2人の絆を感じることができました。

 

この深い絆の他にも、岡村さんが信頼している友人がいます。それは、「大泉洋さん」。番組共演から仲良くなり、親友になったそうです。

 

病気に侵されていた岡村さんの異変に気付き、休むよう、病院に行くよう勧めて、背中を押したのも彼だそうです。もし、休養をせずに仕事を続けていたら、岡村さんは今頃どうなっていたか分からないですよね。

 

 

【岡村隆史さんの5か月間の病気療養について】
岡村さんはテレビではハイテンションで元気なキャラクターですが、プライベートではおとなしく、とても人見知りをするというのは有名な話です。仕事ストイックで、「自分がちゃんとしないといけない」と責任感が強く、ストレスも背負い込む性格だそうです。
そんな岡村さんがかかった病気が「うつ病」です。今や10〜15人に1人がうつ病になると言われている、病気です。岡村さんは復帰後、自身の病名を明かさず体調不良を「頭がパッカーンした」と表現していました症状は、眠れない(病気療養の1か月間は自力で一睡もできなかったそうです)、興味関心の低下、体重増加、無気力状態が続く、じっとしていられないなどで、典型的なうつ病の症状が出ていました。
例えば、ラジオ番組で当選ハガキを選択する際にどこまでハガキを引いたか分からなくなってしまったり、自身のサインが急に書けなくなったり、お金を稼いでいるはずなのに「お金がない!」と財布の中を矢部さんに見せて、パニックになったり(これはうつ病の症状のひとつで貧困妄想というものです)等、周りが明らかに「休ませよう、病院に連れて行こう」と思うようなエピソードが複数あったそうです。
休養を拒否する岡村さんを相方矢部さん、マネージャー、そして、先ほど紹介した親友大泉洋さんらが必死で説得をして、彼は約5か月間の病気療養に入りました。
うつ病は完治が難しい病気ですし、責任やプレッシャーを背負いやすい岡村さんのような性格はなかなか直せまでんが、この5か月間の休養があったからこそ、復帰から5年以上経過した今も元気にテレビで活躍できているのではないでしょうか。

 

 

【いかがでしたか?】
相方の矢部さんを初め、周りの人の愛情と支えで病気を乗り越えた岡村隆史さんをご紹介しました。
今後も心身共に無理をしすぎず、元気な岡村さんでいて、ずっと活躍をしてほしいですね。

 

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